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第557号 2004(H16).10発行

PDF版はこちら 第557号 2004(H16).10発行

 

 

植物栄養学の先達たち-4-
ユストウス・フォン・リービヒ
-自然界における物質循環の思想の種を播いたドイツの有機化学者-

京都大学名誉教授
高橋 英一

 このシリーズで取り上げる6人の中でリービヒは格段に有名で,日本語で書かれた書物も数多く出版されています。リービヒから連想されるものとしては,「農芸化学」,「無機栄養説」,「化学肥料」などがありますが,ここではそれらが生まれた時代的背景や,リービヒの今日的意義について少し考えてみたいと思います。

薬局の中で育まれた化学

 化学の起源はエジプトにあるといわれています。これには金属の加工やガラス,陶器の製造,革なめし,染色などにかかわる職人の実際の経験に由来するものと,物質の本質について考察する思弁的なものとの二つの流れがありました。この二つは紀元2世紀頃エジプトのアレキサンドリアで一つになります。

 7世紀にエジプトがアラブに支配されると,物質を価値あるもの(例えば金)に変える技術,いわゆる錬金術(Alchemy)がおこります。これは12世紀頃ヨーロッパに伝わりますが,15~16世紀頃になると錬金術を医療に応用する医療化学(Iatrochemy,iatro- はギリシャ語で医療を意味する)が登場します。こうして錬金術師の延長に,薬剤師という職業が生まれました。そして18世紀には薬剤師の中から化学者が現れるようになります。

 たとえばスエーデンのシェーレ(Carl Wilhelm Scheele 1742-1786)は1756年に14歳で薬局の徒弟になり,薬局の主人となってからは実験室をつくって,酸素ガス,塩素ガスを始め沢山の物質を発見しました。ウランを発見したドイツのクラプロート(Martin Heinrich Klaproth 1743-1817)は,1759年に16歳で薬局の徒弟となり,67歳のときベルリン大学の初代化学教授に任ぜられるまで,薬局の外に出なかったそうです。クロムを発見し,有機化学の草創期に多くの仕事をしたフランスのヴォークラン(Louis Nicolas Vauquelin 1763-1829)は,1777年に14歳で薬局の皿洗いから化学の道に入りました。イギリスの王立研究所で,熔融電解という新しい方法によってカリウム,ナトリウム,カルシウム,マグネシウムなどの金属の単離に成功したデーヴィー(Sir Humphry Davy 1778-1829)は,1795年に17歳で薬剤師の徒弟から出発しました。

 ところでリービヒ(Justus von Liebig)は1803年,ヘッセン-ダルムシュタット公国の首都ダルムシュタットに生まれました。父は薬種商を兼ねた材料屋で,薬品類のほかに顔料やラックやニスなどを自家製造して売っていました。技術に熱心で庭先に実験用の小屋をつくり,薬品の製造試験に凝っていました。またガス灯をつくって自分の家を照明し,町の評判になったということです。

 リービヒは8歳でギムナジウムに入りますが,当時のギリシャ,ラテン語偏重の古典教育に馴染めませんでした。一方彼は父親の仕事場での実験に強い興味を持つようになります。そして父親がダルムシュタットの宮廷図書館から借りてきた化学書を次から次へと読み漁り,本の中で読んだ実験をできるだけ自分で試みようとしました。

 リービヒは自伝の中で次のように述べています。
 「私の利用できる手段はごく限られていたので,一度やった実験を何度も繰り返して,あらゆる面から正確に知り尽くすまで試みた。その結果,一つの物質または一つの現象の類似と相違を鋭敏に把握できるようになった。これは後年になってどれだけ私を利したか分からない。」

 結局リービヒは15歳でギムナジウムを退学し,ダルムシュタット郊外の薬局の徒弟にやられます。父は彼のために薬種商より一段上層に位する薬剤師になる道を考えたのでした。しかし薬局徒弟の住み込み生活は,彼が夜屋根裏部屋でやっていた実験の爆発事故などのため,10ヶ月で終わりました。
 「私は化学者にはなりたいが,薬屋になりたいとは思わなかった。しかしこの10ヶ月の間に薬局の中にある幾百幾千の薬品の作り方や,取り扱い方,応用の仕方の知識を与えられたことは,望外の幸せであった。」
と彼は薬局での体験を振り返っています。

 家に戻ってからも化学に対する熱望が消えなかったリービヒは,父に懇願して大学で学ぶ許しを得ます。父は懇意だったボン大学の化学の教授のカストナー(Carl Wilhelm Gottlob Kastner 1783-1857)に頼み,1820年リービヒはボン大学に入ります。

 18世紀は化学の講座を持った大学はまだ僅かでしたが,市井の薬局の中にはいろいろな物質の性質や変化,つまり化学についての素朴な知識はかなり蓄積されていたと思われます。そしてやがて薬局で徒弟修業した人の中から,すぐれた化学者が現れるようになりました。

有機物の化学から生物の化学ヘ

 化学の歴史は元素発見の歴史でもありました。炭素,硫黄,鉄,錫,鉛,銅,水銀,金,銀は古代から知られていましたが,自然界に存在する88の元素のうち,最後のレニウムが発見されたのは1925年,20世紀になってからです。因みにリービヒが生まれた1803年に知られていた元素は35種でした。

 18世紀の末スウェーデンの化学者ベリマン(1735-1784)は,生物体を構成する物質を有機物質,それ以外のものを無機物質とよび,その後ベルセリウス(1779-1848)は有機物質を研究する化学を「有機化学」と名付け,「無機化学」と区別しました。そして1827年には大部の「有機化学教科書」を著しました。有機化学の始まりです。

 有機化合物の種類は極めて多いにもかかわらず,無機化合物と異なり限られた少数の元素(C,H,OとNなど)から成り立っており,それらの割合と配列が有機化合物の性質を決めています。したがって有機化学の研究には,まずC,H,OとNの組成を分析によって知ることが必要です。

 リービヒは19歳のときパリのソルボンヌ大学に留学しますが(表参照),ゲイ・リュサックの研究室で元素分析の方法を学びます。そして前から興味をもっていた雷銀の分析を行い,それが雷酸(HCNO)という酸の銀塩であることを明らかにし,パリの学界で名を知られるようになります。そして知遇を得たフンボルト(Alexander von Humboldt)の推薦で,1824年に母国のギーセン大学に助教授の職を得ます。

 翌1825年幸運にも教授に昇進した(先任教授の事故死による)リービヒは後年「ギーセンの化学教室」として有名になる化学実験室の整備にとりかかります。リービヒはギーセン大学で28年間過ごしますが,実験研究に最も打ち込んだのはその前半でした。

 1824年ストックホルムのベルセリウスのもとに留学していたヴェーラー(Friedrich Wöhler 1800-1882)が発表したシアン酸の組成が,リービヒの明らかにしたシアン酸と性質の異なる雷酸の組成と一致していたことから,どちらかが間違っているとして両者の間に論争が起こりました。結局1826年二人は会い互いに相手も正しいことを認めましたが,これは性質は全く異なるのに組成は同じ化合物が存在する例の最初の発見になりました。これは原子の配列様式の遠い(シアン酸はH-O-C≡N,雷酸はH-C≡N=O)によっておこることが明らかになり,1831年にベルセリウスはこの現象を異性(isomerism)と命名しました。そしてこの発見は半世紀近くにおよぶリービヒとヴェーラーの友情の始まりになりました。

 1828年ヴェーラーは尿の成分である尿素を,動物の関与なしにシアン酸アンモニウムからつくることに成功し,有機物と無機物との間の壁を除きました。リービヒはこれに刺激されて動物の尿の化学成分の研究にとりかかり,馬の尿から馬尿酸を発見しました。さらに馬尿酸を熱すると安息香酸(薬物として珍重されていた安息香の分解産物)になることを知り,安息香酸が生体内で馬尿酸に変化するのではないかと考えます。これは生体内の化学過程の問題に彼の関心を向けさせるきっかけの一つになりました。さらに1832年にはヴェーラーと共同で行った安息香酸(benzoic acid,C6H5COOH)の研究からC6H5CO-の組成をもった原子団が存在することを発見しベンゾイル(benzoyl)基と名付けましたが,これは有機化学の中に「基(radical)」の概念を導入しました。

 一方彼は有機分析化学という新分野に着目し,簡単で迅速な有機分析装置を開発しました(1831年)。それは「リービヒの燃焼装置(カリ球)」や「リービヒの冷却管」の名前などに残っています。これは彼の創設した化学実験室で多くの学生が分析を行うのを可能にし,有能な化学者を育てるのに貢献しました。

 1837年,リービヒはイギリス科学振興協会の年会に招かれて講演しましたが,その際有機化学の現状について執筆を依頼されました。これが契機になって1840年に,有名な「有機化学,その農業と生理学への応用(Die organische Chemie in ihrer Anwendung auf Agricultur und Physiologie)」いわゆる農芸化学の初版が出版されました。ついで1842年には「動物化学あるいは生理学及び病理学に応用した有機化学(Die Tier Chemie oder Die organische Chemie in ihrer Anwendung auf Physiologie und Pathologie)」を著します。以後リービヒの関心は純粋な有機化学から,農業化学と生理学の方に移ります。

 この変化の原因について,島尾永康氏は次のように述べています(人物化学史65頁,朝倉書店 2002年)。

 「彼は少年時代に1816-1817年のヨーロッパの大飢饉とそれに伴う物価騰貴を経験している。ドイツの国土は秋から冬にかけて霧や雪で覆われ,耕地は砂地が多くて収穫が少なく,厳しい自然環境にある。農業技術に進歩なく,食料や飼料は常に不足していた。ヨーロッパの1840年代は”空腹の40年代”といわれた。リービヒが住んでいたヘッセン・ダルムシュタットはドイツの中でもとくに貧しい地区で,多くのドイツ人が国外(主にアメリカ)ヘ移住していった。このような背景のもとで化学者としての打開策を示したのが,リービヒの「農業化学」だった。」

 リービヒはまた排泄物である尿の成分の研究を通して,有機化合物である食料が動物体内でどのような変化を受けるかに興味をもつようになり,それが「動物化学」を書かせました。これには「ギーセンの化学実験室」で行われた動植物成分の分析のデータが、多数援用されています。

リービヒの今日的意義

 リービヒは当時勃興しつつあった有機化学の中で,異性現象(isomerism)や基(radical)などの発見者として名を残していますが,彼の最も大きな功績は有機化学を農学と医学の分野に応用しようとしたこと,あるいは化学と生物の間に橋を架けたところにあると思います。

 農学の分野では,その生産母体である植物は動物と異なり,有機物を必要とせず無機物のみを栄養源としているという,いわゆる無機栄養説を打ち立てたところにあります。また後者においては,経験的および解剖学的知識に依存していた医学に栄養化学という新しい分野を拓きました。

 さらにリービヒは,自分の理論に基づいた発明もいろいろしています。たとえば作物には必要な無機養分を肥料として与えるべきであるが,一般に不足しているのはリン酸,カリ,カルシウム,マグネシウムであるから,これらの無機塩を容易に雨に流されないような形で与えるのが良いとして,「リービヒの特許肥料」なるものを1845年に販売します。しかし事前の圃場試験が不十分だったこともあって,農家が使ってみると全く効かず(成分を不溶性にしたため)失敗に終わります。これは理論を重視して経験(試験)を軽んじがちな彼の欠点を露呈したものでした。

 しかしいまひとつの栄養化学における発明である「リービヒの肉エキス」は大成功で,その企業化(1848年)によって経済的に大いに潤いました。そのきっかけはリービヒが「動物化学」の研究から,タンパク質を含む食料が健康に必要なことを知ったことにあります。当時南米やオーストラリアでは,皮や脂肪をとる目的だけで牛を屠殺していたので肉は極めて安価でしたが,冷凍保存技術が未発達であったため肉を遠くヘ輸送できませんでした。そこでリービヒは肉から栄養分を抽出して蒸発濃縮し,ヨーロッパヘ運ぶことを考え出したのでした。

 ところでリービヒを「化学肥料万能論者のように思い込んで物質循環型農業を破壊した元凶のように扱う見解があるが,これは誤解であって彼こそ地球規模での物質循環と土壌環境の保全をなによりも重視した人である」という評価があります(文献2,4,5)。残された紙面では,これについて少し考えてみたいと思います。

 工業化社会が始まる前の18世紀までのヨーロッパの農業は,輪作の工夫と厩肥の施用によって地力の消耗を防いでいました。しかしリービヒはこれを略奪農業であると批判し,土から吸い上げられるばかりで土に返されることのない植物灰分を人為的に戻してやらなければ,土地は次第にやせてしまうと主張しました(償還の法則)。また作物の収量は,土の中でもっとも不足している養分に支配されるとも指摘しました(最小養分律)。

 このためには特定の無機栄養塩を選択的に施用することが必要になります。ここに現在の無機化学肥料の道が開かれたといえます。何故なら,これによってそれぞれの作物や土に必要な割合の栄養元素を肥料として与えることができるからです。リービヒは従来の厩肥農業はこの点に欠けるところがあると指摘しました。そして,「人々が植物の要求を満たすため,耕地や植物に化学工場で生産されたものだけを施肥する時代がやってくるだろう」と述べています。この予言は現実のものになりましたが,このようなところから彼を化学肥料万能論者とする見方が生まれたのでしょう。

 しかしリービヒはその「農芸化学」と略称される著作において,根強かった腐植説に終止符を打ったただけでなく,無機的自然(鉱物界)と有機的自然(生物界)の連関を指摘しました。すなわち植物は大気と土から無機物のかたちで必要な栄養元素を摂取し,それは植物を食べる動物の体に移り,排泄や死によって再び大気と土に戻る大循環が自然界で行われているという思想を,リービヒはその中で表明しています。

 そしてこの循環は,自給自足の農業が行われている時代は一応保たれているが,商業的農業が発達すると農産物の持ち出しによって妨げられるようになる。収穫によって取り去られた植物栄養素の完全な補充は農業の原則であるが,都市と農村の分離とくに大都市化はこれを困難にすると指摘しました。リービヒはロンドンの水洗便所による下水化が,耕地から貴重な植物養分を大量に海ヘ捨てているとして非難し,下水をリサイクルして農業利用すべきであるとロンドン市長に手紙を書いています。また人糞尿肥料を主体にした日本の農業を,世界で最も完全な農業であると称賛しています。

 このような面に光をあてれば,リービヒを自然界における物質循環の思想の種を播き,持続可能な農業のありかたを説いた人と評価することができます。この評価は,グローバル化によって莫大な量の植物養分が食料の貿易にともなって移動している今日,高まりつつあるように思われます。

 リービヒはすぐれた組織者であり熱烈な宣伝者でした。それは化学実験室の創設や元素分析法の考案に,「農芸化学」や「化学通信」をはじめとする一連の啓蒙的著作にみることができます。またリービヒの科学的活動はようしゃのない批判と論争で貫かれていました。ここに彼の科学者としてのユニークさ偉大さがあると思います。

参考図書

1.田中実著 化学者リービッヒ 岩波新書 1951

2.島尾永康著 人物化学史6リービヒ 朝倉書店 2002

3.山岡望著 化学史談Ⅱ ギーセンの化学教室 内田老鶴圃 1952

4.吉田武彦著 リービヒ「化学の農業及び生理学への応用」再読 肥料科学25号 2003

5.椎名重明著 農学の思想 マルクスとリービヒ 東京大学出版会 1978

 

 

有機質肥料で生産された野菜と化学肥料で生産された野菜の判別技術
有機農産物を見分ける指標としての窒素安定同位体比の利用

農林水産省 農林水産技術会議事務局
研究調査官 中野 明正
(元)(独)農研機構 野菜茶業研究所 環境制御研究室
(独))農研機構 野菜茶業研究所
果菜研究部 環境制御研究室
上原 洋一

1.はじめに

 有機農産物なら少し高くても買うという消費者は多い。なぜ,消費者は有機農産物を好むのだろうか?それは一つに「有機」には「安全・安心」という印象が付随しているからであろう。また,良く言われるように,有機農産物は品質が良くておいしいからということもあるだろう。さらに,環境保全的な農業を支持するという消費者もあるだろう。

 このような社会のニーズを反映して,2001年4月から有機農産物の検査認証制度が実施されその認識も広がり始めた。しかし,一方で,有機農業への過渡的な農法としての減農薬栽培や減化学肥料栽培についても,より,基準を明確化する必要が生じた。そこで,新たな「有機農産物および特別栽培農産物に係る表示ガイドライン」が制定された。特に2003年4月には図1に示すように,特別栽培農産物に係る表示ガイドラインの改正が行われた。1年の移行期間を置いて2004年4月から施行されるようになった。

 まずこの表示ガイドラインについて簡単に述べておく。このガイドラインでは,有機農産物とは,化学合成農薬,化学肥料,化学合成土壌改良材を使わないで,3年以上を経過し,堆肥など(有機質肥料)による土づくりを行ったほ場において収穫された農産物のことであり,3年未満6ヶ月以上の場合は「転換期間中有機農産物」という。

 特別栽培農産物については,改訂前の表示ガイドラインでは,農薬,化学肥料のどちらかを50%以上減らしていれば「特別栽培農産物」であった。例えば,その取り組みごとに,「無農薬」,「無化学肥料」,「減農薬」,「減化学肥料」の表示があり複雑であった。改訂後の表示では,これらの表示は使用できず,「特別栽培農産産物」という名称に統一された。個々の取り組みの内容については「化学合成農薬:当地比5割減」「化学肥料:栽培期間中不使用」等として表現を付記する。表記の改正の他に,今回の改正のポイントは,図1に見られるように化学合成農薬または化学肥料の片方だけを減らした,いわゆる”片減”を特別栽培農産物に含めなかった点にある。この制度改正の心は,環境保全型農業の推進にある。

 このように社会的関心の高まりに対応する制度面での整備は進みつつある。しかし,実際は,有機農産物は極めて限られた地域でしか生産されておらず,スーパーマーケットでは常に品薄の状態である。

 実際,表1に示すように平成13年度における,有機農産物生産の現状を見てみると,有機JAS格付けの農産物は,米,麦,果樹では0.1%以下であり,野菜,果樹も0.5%に達していない。最高の割合を示すお茶についても1%程度であり,ニーズに対応し切れていない状況にある。

 対応に追われる生産現場の実情はどうであろうか。今回の改正には環境保全型農業をより推進していくというねらいがあるが,生産現場は”両減”への対応に苦慮している。化学薬剤に頼らない,天敵などの使用を試みているが,農薬取締法の改正もあり混乱している感は否めない。また,有機物施用については,有機の名のもとに効果のはっきりしない高価な微生物資材等が売られている場合もあり改善されるべき点がある。

 以降では,特に,有機農産物を規定する1つの要素である,有機質肥料について焦点を絞って述べていく。そもそも有機物施用は,現代文明に行き詰まりを感じる社会において,その認知度を拡大してきたと言えよう。化学肥料は戦後急速にその生産量を増やし,それ以前の堆厩肥による生産システムを,能率の名の基に駆逐していった。このような農業の近代化によってもたらされたと考えられる連作障害などの土壌環境の劣化を,昔ながらの有機物施用で回復させようとする流れも領けるところである。

 このような社会の流れにあって,有機物施用効果の科学的裏づけも多くの先達の研究者によってなされており,有機物施用の効能を説く書は多い。それらによると,有機物により,①土壌の物理性が改善される。②肥料成分の供給能力が増加する。③土壌微生物が多様化し土壌病害に罹りにくくなる。さらに,これらの効果を総合してか,④有機農産物が化学肥料で作ったものに比べておいしいといったことに言及するものもある。①②は適正な施用量であれば,ほぼその通りであるが,③については異論を唱える研究もある。④についても結論は得られていないと言って良いだろう(藤原,2001:長谷川,1997)。

 有機物施用のみを取っても,このように未だ不明な点が多い有機農業であるが,述べてきたように社会から期待と支持は大きい。一方,それと対極をなすと考えられる養液栽培に対する視線は冷ややかである。確かに,このような栽培は,被覆資材で覆われたハウスの中で行われ,養分は”点滴”で与えられ,きわめて自然から離れているような印象を与える。しかし,実際,養液栽培では,無農薬で安全な野菜を栽培できるにもかかわらず(篠原,2003),生産物にまでこの”不自然”なイメージがつきまとい毛嫌いされるもののようである。今回のガイドラインの改正にあっても,水耕栽培は特別栽培農産物から除外された。それは,特別栽培農産物の生産の原則として「土壌の性質に由来する農地の生産力を発揮」しなければならないという観点から,土を用いない水耕栽培は除外されたようである。しかし筆者は,正しく管理された養液栽培は正しく管理された有機栽培同様,環境保全という観点からも,同等に評価されるべきであると考える。

 以下では,このように社会的ニーズは高まっているが,明らかにすべき課題も多い有機農産物について科学的に述べていきたい。特に,有機物が野菜品質に与える影響について,化学肥料栽培の野菜と比較する形で考察する。筆者は,たとえ有機物施用によって野菜の品質に直接的なプラス効果が無くても,未利用資源の有効利用の観点から何らかの形で有機農産物を科学的に保証することが必要であると考えている。そのため,手法としての窒素安定同位体比を用いた有機農産物の科学的認証の可能性について述べる。

2.有機農産物(有機質肥料施用農産物)の科学的認証

1)有機物施用によって作られ野菜は品質的に優れているのか?

 果菜類の品質において,ビタミンC,β-カロテン,硝酸等はそれぞれ重要な指標である。化学肥料または有機質肥料で栽培した果菜類の品質を比較した研究は多くあるが(吉田,1996)それらを整理すると,有機農産物の方が優れていることを示す文献が多く,それらに差がないというものが続く。最も少ないのは,無機肥料が優れているというものである(岩田・松崎,2001)。海外におけるこの類の文献でも,有機物施用は品質に,マイナスの効果もしくは特にプラスの効果がない場合が半数近くあり総合するとややプラスの評価と言ったところであろう(Martin-Prevel P,1999) 。

 同様にいくつかの品質調査結果から,有機物施用の品質に与える優位性を考察した報告によると(藤原2001,三輪2001),有機,無機どちらが品質として優れているとも言えないという結論を導いている。未だにこのような議論がされる点から考えても,有機農産物については,まだまだ研究する余地は残されている。

 また,従来の考えや研究手法では,それぞれの違いを明確にすることが困難であることも明らかになってきた。今,有機農産物に対する視点を変換するとともに,評価についても新たな手法が必要とされている。

2)有機物施用とδ15N 値

 有機物施用と化学肥料施用が品質および収量に与える影響を考察する新しい切り口として,筆者らは基肥として化学肥料を与えた場合と,液肥として化学肥料を与えた場合(無機養液土耕)と,有機性液肥であるコーンスティープリカー(CSL)を与えた場合(有機養液土耕)との3処理区を比較した。同様の事例は後でも述べるが,この結果それぞれ同等の収量が得られること,糖度やビタミンC含量についても,有機養液土耕で必ずしも高品質農産物が得られるわけではなかった(中野ら,2001)。しかし,繰り返すが,筆者は,未利用資源を有効に利用したことを保証するという観点から,有機栽培を行った農産物が何らかの形で科学的に判別される必要性が無くなったわけではないと考えている。

 そこで,有機農産物を化学肥料で栽培した農産物と見分ける目的で,窒素の安定同位体自然存在比(δ15N値)の測定を試みた。まず,窒素安定同位体比について述べる。炭素や窒素などの元素は,それぞれ固有の元素番号がある。これは陽子数と同じ数である。陽子はプラスの荷電をもつので,ある元素としては,それと同数の電子があり電気的な中性が保たれている。電気的な性質は元素の化学結合と密接に関係するため,その元素の性質を現していることになる。つまり,陽子数が異なることは,電子数が異なることであり,元素が異なることである。

 次に元素の質量であるが,これには同じ元素の中でも質量が異なるものがある(表2)。原子番号が同じで化学的な性質は同じであるが,質量数が異なる元素を同位元素または同位体という。特に,放射性壊変によって変化しない,非放射性の同位体を安定同位体という。例えば,窒素は,あなたの周りにある空気の約8割がガスの形でN2として存在している。そのうち99.63%は重さが14の14Nである。しかし,0.366%とわずかの割合であるが,重さ15の15Nが含まれている(図2)。

 これから取り上げるδ15N値は,14Nと15Nの比(R)について,標準試料との差から計算される値である。生態学の分野では窒素の動態の解析に用いられている。計算法としては.δ値=[R(試料)/R(標準試料)-1]×1000(‰)で求められる値である。具体的には図3のような装置を使う。

 まずサンプルを錫のカプセルに封入し,それを燃焼させガス化する。次に,その中に含まれる窒素ガスを二酸化炭素などの他のガスと分離して,質量分析部に導入する。真空に近い空間に磁場をかけて,それぞれ質量数の異なる14N214N15N,15N2を分けて分析することにより,14Nと15Nの量を測定する。

 有機物施用に伴う土壌のδ15N値の変化については,いくつかの報告があり(森田ら,1999,吉羽ら1998,徳永ら,2000),これは,堆肥化過程でアンモニア揮散や脱窒において同位体分別が生じ,重窒素の濃縮が生じるためと考えられ,用いた資材や発酵過程や熟度などで異なることが考えられる。総じて言うと,δ15N値は化学肥料に比べ有機物施用で上昇することが認められる。しかし,有機物だけで生育させた果菜類およびその土壌のδ15N値に関する報告例が少ない(徳永ら,2003)。特に有機養液土耕については関連する報告も無い。そこで以下に筆者らが専ら研究対象としている果菜類を中心に,有機物施用が生産物のδ15N値に与える影響について研究した事例を紹介する。

3)有機養液土耕栽培したトマトとメロンのδ15N値

 前述のCSLは,トウモロコシを原料とする製糖工程から生じる副産物であり,我が国では,年間15万トン余り生じており,現在,一部は微生物用基質や家畜飼料として用いられている。著者らは現在までにCSL施肥がトマトの生産性に与える影響を検討し,濃度を調整して少量ずつ根圏に添加することによって肥料として良好に使用できることを明らかにした(中野ら,2000) 。実規模の栽培実験にこれらの結果を応用するために,少量ずつ土壌に添加する装置として,肥料効率が高く(林ら,2003)環境保全的な側面から近年導入が進みつつある養液土耕装置を改良して,有機養液土耕装置を試作した。その結果,トマト栽培において,品質と収量とも通常の栽培と同等の生育が達成できることを明らかにした(中野ら,2001)。

 これらの結果を踏まえて,高軒高温室における長期栽培においてCSLがトマトの生育に与える影響を,通常使われる無機化学肥料の液肥と比較することにより明らかにした。長段栽培においては,単為結果性の品種’ルネッサンス’を使用することとした。単為結果性品種はホルモン処理が省略できるため,省力化品種として,高所作業のホルモン処理が想定される高軒高温室において導入が検討されている。

 野菜のδ15N値が,有機栽培したものにおいて通常の栽培をしたものより高くなることが示され(中野ら,2002;中野ら,2003),既に,有機農産物の市場管理に使用できる可能性が指摘されている。この長段栽培に先んじて行われた,有機液肥CSLと化学肥料(OK-F-1)の比較栽培実験では,トマトのδ15N値はそれぞれ,+7.1‰および+0.3‰となり,施肥した窒素のδ15N値を反映していた(Nakanoら,2001)。

 次に,トマト長段栽培においても無機および有機液肥が,果実のδ15N値に与える影響を明らかにした。その結果,糖度はBrix%で5前後の果実が定常的に収穫でき,トマト果実の無機イオン組成については,処理間で顕著な差異は認められなかった。一方で,果実の平均δ15N値は有機養液区で+7.4‰,無機養液区で+1.1‰となり,短期間の実験と同様の結果であった(中野ら,2004)。これは,δ15N値を利用して,有機液肥で栽培したトマトと無機液肥で栽培したトマトとを科学的に判別でき,認証できる可能性を示唆している。

 同様の有機養液土耕をメタン消化液(MFC)についても検討を行っている(中野・上原ら2002)。化学肥料を基肥で施用および化学肥料の液肥を灌水同時施肥する処理区(無機養液土耕)と3処理区を比較することにより明らかにした。与えた肥料のδ15N値は,化学肥料ではほぼ0‰付近の同じ値を取り,基肥に用いた化学肥料で+0.85‰(S646),無機養液土耕で0.0‰(OK-F-1)であった。これに対し,有機性の液肥は,それぞれ+7.6‰(MFC)であった。

 無機性の肥料でδ15N値が低く,有機性の液肥で高いという傾向は,茎葉部および果実部のδ15N値に反映されており,無機基肥,無機養液および有機養液区の3種類の果実のδ15N値は,それぞれ,+3.0‰,-1.7‰,+6.1‰となり,3処理区をそれぞれ区別することができた。この結果からも,δ15N値は,有機農産物と無機養液土耕で生産した農産物を従来の化学肥料の基肥施用で生産した農産物と判別する際の数値的根拠になる可能性が示された。

4)有機物連用園場におけるトマトのδ15N値

 トマトの隔離床栽培において,55種類の施肥区(CDU化成肥料を与えたCDU区,低硫酸緩効性肥料を与えたLSR区,窒素の想定必要量の半量ずつをCDUと牛糞堆肥で与えたCM+CDU区,同様にCDUと鶏糞堆肥で与えたPM+CDU区,牛糞堆肥および鶏糞堆肥のみを与えたCM+PM区)を設け年2作,4連作を行った。収量の経年変化,トマト果実の糖度,無機成分組成,土壌と果実のδ15N値を測定した。

 化学肥料と堆肥施用で収量における有意な差は認められなかった。果実糖度および無機成分含量においても顕著な差は認められたかった。以上の結果からは,堆肥施用がトマトの収量,糖度,無機成分含量を増加させるという結論を導くことは困難であると考えられた。一方で,化学肥料および堆肥のδ15N値は,土壌と果実の双方のδ15N値に反映され,土壌と果実のδ15N値の間には高い相関が認められた(R2=0.89)(図4)。ここでも,堆肥施用したものと化学肥料施用したものとを分ける閾値を設け,δ15N値を用いた有機農産物判別の可能性が考えられた。

5)有機農産物市場管理へのδ15N値の利用

 有機JAS認証を受けた果菜類と,スーパーマーケットにおいて購入した同じ種類の有機JAS認証を受けていない果菜類について品質を調査し,δ15N値を分析した。その結果,有機JAS認証のトマトは,クエン酸濃度が有意に高かった(中野,2002a) 。また,5種の果菜類(トマト,キュウリ,ナス,シシトウ,カボチャ)を分析した結果,無機元素組成については,有意な差がある特定の元素は無かった。有機農産物はミネラルが豊富であるとする報告もあるが,必ずしもそうではないことが示された。しかし,供試した5種類の果菜類のδ15N値は,すべてにおいて,有機農産物の値が表示の無いものに比べ高くなった(中野ら,2002;中野,2002b)。作物種を超えて有機農産物でδ15N値が高くなることが明らかとなった。

 有機農産物の認証において,現行では検査員が聞き取りで行うといった手法が取られるが,このような調査を数値的に保証するために,δ15N値が使用できる可能性がある。すなわち,有機農産物と称する農産物のδ15N値がある値(例えば+5.0‰)を下回った場合,それが有機農産物で無い可能性が考えられ,詳細に検査する対象とする,という使い方が考えられる。

 述べてきたように,有機農産物の場合,野菜のδ15N値は+5.0‰以上の値を取ることが予想されていたが,供試野菜品目数を3県産5品目(中野ら,2002)から18県と中国産の25品目に適用範囲を広げて同様の分析を行った場合も,ほぼ同様の結果が得られた(中野・上原,2004)。市場試料106点を分析した結果,有機農産物表示のあったものの72%が,表示無しの試料の32%が+5.0‰以上の値を取っていた。基準値として+4.0‰を採用した場合は,有機農産物表示のあったものの80.4%が+4.0‰以上の値を取り,表示なしのものは45%であった。

 民間,公立研究所および野菜茶業研究所において栽培された試料のδ15N値について同様にしてまとめると,分析した全ての試料129点については,有機物施用区(有機農産物相当)の試料において,δ15N値が+5.0‰以上の値を取る試料は88.1%であり,化学肥料施用区(表示無しに相当)の試料では25.3%であった。基準値として+4.0‰を採用した場合は,有機物施用区で97.6%が+4.0‰以上の値を取り,表示なしのものは32.2%であった。市場試料に比べ施肥管理がより厳密であったため,明確な結果になったと考えられた。

 以上の結果から,例えばδ15N値を測定することにより,有機農産物の真偽の判断に利用することが可能であると考えられた。図5は,述べてきた市場試料と民間,公立研究所の試料の合計235点の結果をまとめたものである。δ15N値で+4.0‰を境に,通常栽培と有機栽培の出現頻度が明確に異なることがわかる。

 得られた結果を総合すると,δ15N値を有機農産物の真偽の判断に利用することが十分可能であると考えられた。例えば,「δ15N値=+4.0‰を有機農産物判別の基準値として,この値以下であれば詳細な調査を実施する必要がある」という制度の策定が可能と考えられる。

 2002年12月26日付けの新聞報道に,有機JASマークの改竄問題が取り上げられた。これは書類調査により判明したものであるが,科学的な手法の開発も求められている。現在までは,このような,基準値が無かったため,聞き取り調査等に頼らざるを得ず,科学的な判断材料が少なかったが,窒素安定同位体比を用いた判別手法があることを公表しアピールすることにより,有機農産物の偽装表示に対する抑止力となり,より健全な有機農業を推進することができると考えられる。

 以上は,野菜,果菜類についての研究結果であるが,有機JAS認定産米へのδ15N値の適用性についても研究が進められ,判別に利用できる可能性が示されている。

3.さいごに

 有機農産物を研究するには,消費者からと生産者からの2つの視点が必要である。これは,有機農業を推進させるための両輪でもある。

 具体的には,1つ目の視点については窒素安定同位体比等を用いた生産物の評価・保証法の確立などである。これにより,環境保全型農業を推進するという意識の高い消費者を裏切らない,しっかりとした施肥保証を行う。2つ目の視点は,本稿では詳述しなかったが,新しい有機物施用法や栽培法の確立である(中野2002b参照)。これには,さまざまな方策が試みられているので,今後,より現実的な,体系化を含めた展開が期待される。今後さらにこれら2つの視点からの研究結果を統合し,生産者と一体となって消費者に対して説明していく必要がある。有機農産物が生産物としてどのようなメリットがあるのか,あるいはないのか,また,あるとすればどの程度なのかを明確に説明していく必要である。

 農産物は,ややもすると僅かな差を『大変健康に良い!』と解釈され,マスコミなどに喧伝される傾向があり,これは,消費者にとっても,また,長い目で見ると生産者にとっても大変不幸なことであるように思う。このような問題を解決するためにも,生産者に対して有機物施用がどのようなメリットがあるのかを定量的に説明するとともに,施用技術を確立していく必要がある。

 肥料としては有機物さえやれば,いくらやってもそれで有機農業という,量的な視点、の欠如した”有機農業”では,環境にやさしいという,有機農業の大前提を壊しかねない。この点はしっかり注意して取り組む必要がある。また,徹底した有機農業は将来の農業の形にはならないだろうと言われている(Knight. J.,2004)。環境保全的な考えを導入した緩やかな移行こそ現実的なものであろう。有機農業により現在まで培われてきた運動としての大きな流れは,理念としてすばらしい。今後,さらにこの流れを絶やさないためにも,研究サイドとしては,生産者や消費者に説明のできる,定量的な結果の蓄積が必要であると考える。

4.引用文献

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●Knight. J.(2004)Nature.428.792-795

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